金価格の上昇の背景にある従来とは異なるマネーの動き、国内マネーは環境変化に対応できるか?

 「有事の金」という言葉がある。戦争などの大規模な異変が起こった時に、「金塊」という確かな価値が存在する金の価値が際立つことを指した言葉だ。これまで、「緊急事態時の資金の逃避先」として、金は位置付けられてきた。ところが、コロナショックで上昇に弾みがついた直近の金価格の動きは、従来とは異なるという指摘がある。日本貴金属マーケット協会代表理事の池水雄一氏は、ETFなどを通じた米国マネーが金の市場に大量に流れ込んでいることに注目し、「これまでのゴールドマーケットとは全く違うパターンが現在のゴールドマーケットの背景にはある」と指摘している。金の市場の変動は、これからやってくる巨大な市況変動の前触れになるのか、その行方を見守りたい。

国内の公募投信で、金を対象としたファンドの中で、最も残高が大きい「ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)」の基準価額の推移と新興国を含む世界株式指数である「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス(配当込み、円ベース)」の推移を重ねてみると、過去3年間は、株価が上昇する局面ではゴールドが下落し、反対に株価が下落する局面ではゴールドが上昇するという逆相関の関係が見える。ところが、昨年の後半以降、コロナショックを経て直近までの動きは、株価の動きとゴールドの動きが連動するようになっている。

池水氏は、日々の貴金属市場レポート「ブルースレポート(Bruce Report)」で、4月上旬に顕著になった金の現物価格と先物価格の異常なカイ離に注意を促してきた。ロンドンの金現物価格とニューヨークの金先物価格の差は4月上旬には約70ドルに達した。コモディティ市場では4月20日にWTI原油先物価格が史上初のマイナス価格に落ち込むという珍事もあった。コモディティ経済は、原油や金など現物の受け渡しによって決済が完了する仕組みがあるため、ロックダウンによって、現物の受け渡しができなくなるという想定外の出来事によって混乱がピークに達した。4月中旬には、世界基準の現物市場であるロンドン価格に対し、中国やインドで65ドル~72ドルのディスカウントとなり、反対にベトナムでは150ドルのプレミアムなど、かつてない価格差も記録している。

ただ、このコモディティ市場の変調についても、世界のお金の流れを重ねてみると、米国を中心にした世界の投資マネーがコモディティ市場にかつてない規模で流入していることによる影響が決して小さくないことがわかってきている。

たとえば、ワールドゴールドカウンシルの発表によれば、今年1-3月のゴールドの需要は、中国やインドの宝飾品需要がそれぞれ65%減、41%減となる中、ETFが300%増と急増。そして、世界最大の金ETFである「SPDRゴールド・シェア」の現物保有高は4月に1000トンの大台に乗せ、7月8日には13年4月以来7年3カ月ぶりに1200トンを超えた。

池水氏は、このETFへの資金流入について欧州よりも北米で顕著に増大していることに注目している。「今回のゴールドの上げはComex(ニューヨーク商品取引所 )、そして、ETF――米国のマネーがその背景にあると言えます。スイスからのゴールドの輸出は4月から最大の仕向地は米国になっています」と指摘している。

「なぜ、アメリカの投資マネーがゴールドに流入しているのか?」について考えることも重要だろう。ピクテ投信投資顧問は、「ピクテ・ゴールド(為替ヘッジ有)」の臨時レポートで、「各国中央銀行による積極的な金融緩和策や各国政府による大規模な財政支出などが通貨価値を押し下げる一方、金の相対価値の上昇に繋がる可能性が考えられます。また、こうした各国の対応は将来的にインフレを引き起こす可能性もあります。金はインフレに強い性質を有することから、長期的な観点からインフレリスクが意識されることは、金への投資を促す動機づけとなると考えられます」との見方を示している。

日本では「インフレリスク」は長らく意識の外にあった概念だが、世界のマネーは、コロナ対策でバラまかれた大量のマネーがもたらす結果として「インフレ」をイメージした対策を始めているのかもしれない。下げそうで下げない株高もまた、インフレへの備えと考えれば理解できる動きになる。この変化には「現金」が一番弱い。国内では、つみたてNISAやiDeCo(個人型確定拠出年金)などの口座開設が活発化しているが、そのような投資口座を通じての株式投信などの購入というインフレ対策が、今回の急速な環境変化で現実化しつつある変化=インフレに、はたして間に合うだろうか?(図版は、「ピクテ・ゴールド(H有)」とMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスの過去3年間のトータルリターンの推移)